高高がいな人 – 神内聡

高松高校 神内聡
高松高校 神内聡

神内 聡

兵庫教育大学大学院
学校教育研究科 准教授
本郷さくら総合法律事務所弁護士

学校で起こるいじめや保護者とのトラブルなどを法的に解決する弁護士を指す「スクールロイヤー」。文部科学省が2018年度から予算化し、全国でスクールロイヤー制度を導入する学校が急増している。

スクールロイヤーの中でも高校教師と兼務して、学校の内情により詳しい立場から相談をさばくのが、平成9年(1997年)卒の神内聡氏だ。兼業は初と言われており、2018年のNHKドラマのモデルになった人物と噂されている。


── 日本でのスクールロイヤーの火付け役になったと聞きました。

自分よりも前にスクールロイヤーと名乗り出した人はいます。ただ、高校教師と弁護士の兼業は自分が初めてではないでしょうか。
今は弁護士と大学の教員を本業としながら、非常勤で高校の教師もしています。弁護士の仕事の7割を学校関係の相談事が占めており、この割合は、普通の弁護士に比べたら多いですね。

── 大学卒業後に教師になり、そこから弁護士になったと聞きました。その後、再び高校の教師を目指したのはなぜですか。

学部は法学部でしたが、もともと教育には興味がありました。それで、大学院では教育学の研究科に進みました。仕事では研究者になろうか教師になろうか迷いましたが、教員免許を持っていたので現場に出て教師の道を選ぶことにしてみました。
そこで、教育の現場では法律のトラブルで困っている先生の多さに気づき、「法律の専門家が求められている」と考えるようになり、何年か教師を続けた後に、弁護士へ転職しました。

ただ、弁護士になってみて、学校の相談を受けていて分かったのが、多くの弁護士は教師を経験したことがなく、現場のことが分かっていないまま助言をするものだから、かえって現場を困らせるという事実でした。自分も現場から離れているとそうなってしまうかもしれないと思い、悩んでいたところ、弁護士をやりながら教師として雇ってもらえる私立の学校があって。そこで兼業を始めることにしたのです。

── 例えば、スクールロイヤーでこれまでどのような相談を受けてきたのでしょうか。特に多い相談事を教えてください。

案件として一番多いのは保護者対応です。保護者からの理不尽なクレームや保護者同士の争いの仲裁などがあります。学校事故も多いです。
いじめ、不登校、障害のある子どもの対応などもあります。この辺りは新しい法律ができているので昔の価値観や感覚があまり通用しません。学校と外部の企業との契約交渉、教師の労務管理や労働問題も相談されやすいです。

── スクールロイヤーをテーマにしたNHKドラマ「やけに弁の立つ弁護士が学校でほえる」が2018年に放映されました。同級生の間では「神内が主人公になった」と湧きました。

監修や台本の内容に関わったのは事実です。学校で弁護士が働いていたらこんなことがあるのではないかというネタを提供しました。

ただ、1つ断っておきたいのですが、主人公が神木隆之介さんなので、私がモデルでないことは間違いない! 顔に天と地ほどの差がある。実際に生徒からめちゃくちゃ苦情がありました。「そんなこと絶対許せない!」って(笑)。
主人公がお笑い芸人であれば私がモデルでもよかったかもしれません…。

── 顔はおいといても、神内くんの仕事が生かされたのは間違いないと。

自分が普段相談を受けている「普通にあり得る内容」を盛り込んだのは事実です。ドラマの影響で、学校の相談を受ける弁護士の数も増えたと聞きます。

── 教師と弁護士の兼業は大変だと思いますが、何をモチベーションにしているのでしょうか。

やはり教師という仕事の魅力だと思います。弁護士は人の不幸で飯を食べますが、教師は子どもの幸せを見ながら飯を食べる。それに高校生って本当に可能性を秘めていて、たった3年間ですが成長の度合いは大きい。それを近くで実感できるのは本当に素晴らしいと思います。

多種多様な保護者の考え方も勉強になりました。私は子どもがいませんが、「親になったらこうなるのだろうな」と感じることも新鮮でした。親の中には有名人や大企業の幹部などもいます。その人たちが自分の子どもについては理不尽なことを言ってくるのです。仕事と私生活は違うのだなと思いました(笑)。

生徒が卒業して成長した後も、ずっと付き合いがあります。最初の教え子は30代半ばになっており、今でも普通に話せる仲です。そういう関係を続けられる仕事っていいなと思います。弁護士の仕事って事件単位でしか会わない人ばかりで、しかも離婚や破産、犯罪など、二度と会いたくないなという人も意外と多いので…。

2 020年から「3足のわらじ」生活

── 2020年4月から大学で研究をしながら、高校教師と弁護士も続けるという「3足のわらじ」を履く生活にシフトしました。

今は兵庫教育大学という大学の、教職大学院といって、現職の先生たちが学ぶ社会人大学院で仕事をしています。教師は40歳を過ぎると教頭や管理職になる話も出てくるのですが、自分は担任や部活などで生徒と接することができなくなるのはつまらないと思っていて、今後の人生に悩んでいた矢先に大学の仕事の話がありました。元々研究者にもなりたかったので、やってみようかなと。
ちょうどその時高校3年生の担任をしていたので、卒業させたら教師として区切りもよかったこともありました。

── 大学ではどんな研究をやっているのですか。

学校には教師以外にも多くの専門家が関わっています。スクールカウンセラーとか学校医とか。また教師は、実は担当の教科以外にも様々な専門知識を持っています。部活動や生徒指導の上手な先生とか。そういった人たちの専門性が学校の文化や子どもたちに、どのような影響を与えているかを研究しています。教師の文化って本当に特殊なのです。

もっと言えば、教育学は学力をどう上げるかが主な目的なのですが、どういう風な制度ならば学力も含めて子どもが幸せになれるかを検証しています。「スクールロイヤーが子どもを本当に幸せにできるのか」も研究のテーマです。

これまでスクールロイヤーをテーマにした複数の自著を出している。
右奥は成人年齢引き下げについて一般向けに記した最新刊

── ちなみに今の一週間のスケジュールは。

今年は月曜と土曜は東京の高校で非常勤の教員をしていて、授業を受け持ったりボランティア部の顧問を担当したりしています。火曜と水曜は関西で大学の仕事を、木曜と金曜は主に東京の事務所で弁護士を。大雑把に言うとこんな感じで、新幹線で行ったり来たりの生活ですね。

── 大学の研究者であり、高校教師や弁護士と3つの顔を持っていると。それぞれで顔を使い分けているのですか。

法律や研究は理詰めの勝負ですが、教師の仕事は理詰めでやらない方がいいと思います。理屈で全部攻めても、子どもが理解してくれるとは限らないし、時には傷つけることもある。例えば、模試の結果でE判定の生徒がいたときに、弁護士や研究者であれば「これじゃ受からないから無理」と言うのでしょうけど、教師として接するときはそうは言えません。

── 高校の教師は非常勤になりましたが、何か変わりましたか。

デメリットもメリットありますが、強いて言えばメリットの方が増えたかもしれません。教師兼弁護士って、サッカーや野球での選手兼コーチみたいなものです。弁護士としては冷静にこういう答えを示さないといけないのに、担任の仕事をやっているとそれがうまく言えなかったり、使い分けたりできない。それが非常勤になるとやりやすくなったのは事実です。
校長は自分のことを弁護士と思って接しますが、生徒や保護者は弁護士だと思わないですからね。その板挟みはありました。兼業するなら非常勤がいいかなと今となっては思います。

担任と生徒と保護者の関係って、ものすごく密で特殊ですから。でも担任をしていないと毎日物足りない気持ちになることも事実です。

── 本当にバイタリティーにあふれた仕事をしていますね。気落ちすることはあるのですか。

正直、自分はコンプレックスの塊で、日陰の人生を送ってきたところがあります。生徒にはいつも「自分みたいにつらい人生を歩まずに、反面教師にしてほしい」と言っています。生徒も自分が幸せな私生活を送ってないというのを知っているので。

学校で教わることや、メディアが発信する情報って大抵成功体験ばかりです。私は失敗した人がどうなるかというのを学校で教えた方がいいと思っています。
良い大学に行って、良い企業に就職して、結婚して子どもにも恵まれて…という人生を送れる人ばかりじゃないので、自分のように試行錯誤の人生を歩んできた人間は子どもたちにとってある意味良い教材ではないでしょうか(笑)。

自己肯定感を高める教育を

── 高高たかこう時代の教育を今振り返ってどう思いますか。

東京玉翠会で話していいのかヤバそうですが(苦笑)、高高たかこうは入試が難しいので、もともと能力が高く成功体験をしてきた人が来ています。公立とはいえ、ダントツの進学校なのでおそらく家庭の経済力や社会的階層も香川県では圧倒的です。そのため、「高高の先生のおかげで人生が変わった」という教育がどれくらいあるのかな、という疑問はありました。

自分が勤務している高校は、高高よりも学力はずっと低く、高校受験を失敗して挫折した生徒たちがたくさんいます。複雑な家庭環境に悩んでいたり、外国籍の生徒も多かったりする。高高生と決定的に違うのは自己肯定感が低いということ。成功体験が少なく、胸を張って自分の意見を言える生徒は多くありません。

そうした生徒たちが卒業する時に「自分は高校入試に失敗して辛かったけど、この学校に来て本当に良かった。とても楽しい高校生活が送れた」と言ってくれることは、教師にとってとても嬉しいことです。人生で一度しかない高校生活の中で、教師として少しでもその子の人生が変わるような教育ができたらいいなと思っています。

でも実は高高だって悩んでいる生徒はたくさんいると思います。入学当初は自己肯定感が高くても、周囲の学力のレベルが高すぎるので中学で優等生だった人も髙高では普通以下になってしまい、どんどん自己肯定感が低くなってしまう。そうした子どもたちに寄り添う必要があるのが高高の教育なのかもしれません。

── 最後に。高校生時代にタイムスリップして、自分たちに教えることができるとしたら何と言ってあげますか。

教師としても弁護士としても研究者としても、自分がずっと感じていることは「子どもは生まれてきた責任を負えない」「子どもは生まれてくる環境を選べない」ということです。だから、生まれてきた責任を感じずに、自分の可能性を広げていけるように、いろんな境遇の人と知り合って成長できる──そんな高校生活を送ってほしいと思います。

あとは高高生にはぜひ、恵まれた環境や能力を使ってどのように社会に貢献すればよいのか、それを考える高校生活を送ってほしい。自分が高高にいた時はそんなことを考えさせてくれる教育ではなかったかもしれないけど、それが高高の大切な役割であり、今も昔も変わっていないと思います。

(2022年8月1日公開)