高高40のストーリー

 

2023年で創立130周年を迎えようとしている長い歴史を持つ高高。
いつの世代も生徒たちは「独立自主」「至誠一貫」「雪持ち笹」の精神を忘れずに、青春を謳歌してきました。そこでの思い出(各エピソード)は皆さんの宝です。

そこで、これまでの約40年間のプログラムを振り返ったり、卒業生や現役生へインタビューしたりして、東京玉翠会第40回にちなんで「40個の物語(ストーリー)」にまとめました。

「昔はこんなことがあったの?」「今の高高生活の土台はあのときに作られたの?」といった世代を超えて共感できるストーリーをぜひご覧ください。


 
#01 クラス編

廊下が対面通行

#02 クラス編

「野郎組」って
知っていますか?

#03 クラス編

授業時間が65分に!

#04 校則編

服装、かばん、続々
自由化の90年代

#05 校則編

禁じられた
「お好み焼き」

平成3年(1991年)卒のアンケートから、衝撃の事実が分かった。生徒手帳の「諸種の決まり」に昔、お好み焼き屋の立ち入りを禁止する項目が盛り込まれていたというのだ。

理由は諸説あるが、どうも「お好み焼き屋はお酒を飲むところだから、立ち入りが禁じられていた」というのが定説のようだ。平成3年卒によると、当時、2年生のホームルールの時間に生徒手帳の見直しについて皆で意見を交わし、「お好み焼き屋は皆が大好きだから」という持論を展開。その後改正につながったか否かは記憶にないという。

そこで、平成9年(97年)卒の幹事団の学生証を見返したところ、お好み焼き店出入り禁止の項目はなかった。平成3年卒の先輩たちの働きかけが改正を促したのだろう。お好み焼きを愛するいち高高生として、感謝の意を表したい。

平成2年度(左)と平成8年度(右)の生徒手帳
(写真:卒業生提供)
#06 校則編

プラザの真ん中で
青春を叫ぶ

#07 校則編

さよならブルマ

#08 文化編

公衆電話に長蛇の列

#09 文化編

「ソックタッチ」は
必需品

#10 文化編

BEAMSの「ショッパー」が大ブームに

#11 文化編

先生と鉢合わせても
「うまいの〜」で済ますうどん屋

#12 文化編

降水確率で商品の
値段を変える三ぶた

#13 学校行事編

食物室でおうどん

#14 学校行事編

過酷な冬のマラソン大会

#15 学校行事編

揃いの鉢巻と靴下で
いざ出陣!

#16 学校行事編

修学旅行は信州?東京?
北海道?

#17 学校行事編

修学旅行ではなく
「研修旅行」

#18 学校行事編

真面目と不真面目が
共存する文化祭

#19 学校行事編

新たな伝統行事「第九」

#20 校舎移行編

数日しか利用できず。
平成3年卒

#21 校舎移行編

雪が降る 乙な体育館

#22 校舎移行編

バトミントンコートが
ステージに

#23 校舎移行編

駐車場建設の裏で

1990年代の初めは校舎北の第1グラウンド(通称1グラ)地下に駐車場を建設中であり、高松工芸高校に隣接する第2グラウンド(通称2グラ)に野球部、サッカー部、ハンドボール部がひしめき合って部活動を行う事態となっていたようだ。
野球部の打球がハンドボール部のエリアに入ってしまうと、ハンドボール部顧問から「こらー!! 野球部!!!」と怒られるため、必死になってボールを止めた結果、守備力向上につながったという証言もあった。逆に言えば、長打力が落ちてしまいそうではあるが。

部活動以外でも、地下駐車場建設による騒音で窓が開けられない北側校舎の教室にだけエアコンが設置されていた。夏場の休み時間、南側(日赤側)校舎の生徒がこぞって涼みに来るのが高高の夏の風物詩となっていた。

#24 学生生活編

保健室で1泊

1968年2月、発達した低気圧によって明治40年(1907年)以来の大雪となり、山間部では1m以上、高松市内でも20〜30cmの積雪となった。県内アーケード16カ所が倒壊し、その中には兵庫町と片原町のアーケードも含まれていた。
交通は完全に麻痺し、一部の生徒が保健室に宿泊することとなった。

#25 学生生活編

高校生 外食OK?

#26 学生生活編

オリジナルメニューを
作る三つ星食堂

#27 学生生活編

「独立自主の鐘」復活

#28 甲子園出場編

日本一の応援団

#29 甲子園出場編

消えたチアリーダーの
衣装

#30 甲子園出場編

甲子園特需

#31 世界進出編

高高ワールドワイド

#32 世界進出編

異文化交流で
世界との架け橋に

高松高校は2014年度に、外務省の主催する北米地域との青少年交流事業(カケハシ・プロジェクト)の実施校に選ばれる。
7月には米国からの高校生23人を高高に迎えて交流を深めた。さらに翌15年3月には本校生徒23人を米国に派遣し、日本や郷土香川の魅力を発信し、異文化交流などを行った。

15年3月の派遣では日本の中学生・高校生300人以上が海を渡った。平成28年(16年)卒で、米国派遣の一員である男子生徒によると、往復航空券、宿泊費、食費は支援費で無料。「高高の生徒は米国の中でも主要都市を巡らしてもらえた」と話す。
なお宿泊場所は高級ホテル「ヒルトン」だったようだ。

#33 世界進出編

スーパーグローバルハイスクールアソシエイト

#34 社会問題編

東大入試中止事件

#35 社会問題編

必修科目未履修問題

#36 社会問題編

1964
東京オリンピック

1964年10月に開かれた国民的行事の1つ「東京オリンピック」と高松高校──。一見、何の関係もなさそうだが、実はオリンピックのイベントで接点があった。聖火リレーだ。
聖火は9月に日本に到着。高松に訪れたとき、高松高校では授業中だった。しかし、「この日ばかりは見逃してはならない」と思った学生たちは授業を抜け出して見物に行った。学校に戻ると多くの生徒が抜け出していたということでおとがめなし。
今同じことをやれば大問題になりそうだが、おおらかな時代だったということだろう。

授業を抜け出して撮影した聖火リレーの様子
(写真:卒業生提供)
#37 コロナ禍編

学年末テストが中止に!

#38 コロナ禍編

夏休みは11日間

#39 コロナ禍編

修学旅行はレオマに

#40 コロナ禍編

昼食は前向き・無言で